平凡パンチ
フリーセックスという風潮が大西洋を渡ってフランスに上陸して以来、セックスはより手軽になり、隠徴なもの、暗闇のものではなくなってしまったのです。この風潮は、メル友とほぼ同時に日本でも起こっています。 一九六八年、 一九六九年と、日本では、東大を中心に全共闘による学生運動が過熱していきました。この頃、「平凡パンチ」誌で三島由紀夫番の記者だったジャーナリスト椎根和氏が最近上梓した『平凡パンチの三島由紀夫』(新潮社)を読むと、この時代に存在するもの全ての否定、狂気そしてヌード、 フリーセックスの図式が手にとるようにわかります。以来、現代に至るまで、セックスは解放され、女性たちは、自分で責任を負う時代が続いています。時代がフリーセックスになったこと、そしてまた、女性が経済的に独立したことは、本当に愛する相手と、自分の責任において一緒に暮らせるという自由をもたらしました。しかし、騙し無し出会い系サイトは、男と女の双方が責任感を持ち、ふたりの愛をかたくなに守って生き抜いていく、という強い意志がなくては成立し得なくなったのです。もうひとつ多く見られる現象は、音は職業的な女性のみにかぎられていたことが自由にまかり通るようになったこと。それを良いことに、男性は女性をとっかえひっかえし、その果てには着古した服のように捨てる。そして女性は、自分の身をすりへらしてゆく。そんなマイナス面も目立つ現代なのです。ですから、女性は今、自分をもっと大切にして生きていってはしいと願っています。